アクティヴィティ・パレット

聴こうとする、からはじまる

提案者:mamoru

はじめに

このテキストではわたしたちの想像をストレッチできそうな幾つかの「エクササイズ」を紹介してみたいと思います。題から分かる通り「聴こうとする、からはじまる」のですが断っておきたいのは聴覚トレーニングではないということです。というのも、わたしは感覚と身体は同じ様に複雑な全体としてあるものだと考えています。例えば「右手を動かそう」とすると、右手(だと思っている部分)以外の無数のなにかしらも動いた結果そうなっていますよね。そう考えると「右手」という言葉が指す範囲はとてもあいまいに思えます。身体は自分のもの、というか自分そのもの、ですが何がどうなっているのかよく知らない。部分同士の関わりも知らないままにある程度思った通りに不思議とオペレーションできたり(できなかったり)する。感覚というのも同じ様なところがあって視覚、聴覚、嗅覚、触覚・・・というような分類は便宜的なもので、「右手」と同じ様に厳密な範囲は特定できないんじゃないでしょうか。いずれにしても、そんな複雑な身体や感覚を動かす鍵を握っているのはわたしたちの想像じゃないだろうか、という考えをベースにしつつ、このエクササイズの主人公・対象はあくまでもわたしたちの想像ですと下線してお伝えし、はじめていきたいと思います。

ex.1 - listening & reading - ダ・ヴィンチの鐘の音

壁の染みを眺めながらいろいろなイメージを想像して描く能力を高められる。レオナルド・ダ・ヴィンチの手記にはそんな様な言葉が残されていて、皆さんもどこかで聞いたことがあるんじゃないかと思うのですが、実はその続きがあって「鐘の音にあらゆる音や言葉を聞くことができる」とも書かれているんです。実際、鐘の音は音響的にかなり複雑な構造をもっていて、人間の耳の性能の限界を超える響きも含まれていたりする。そんな豊潤で情報量の多い不思議な音に彼が興味・関心を持ち「あらゆる音や言葉」を聴き紡ぎ想像を踊らせていた、と思うとなんだか楽しくなってきます。さて、ダ・ヴィンチが聴いたこの「鐘の音」は遠く国も時代も超えて明治時代の文豪・夏目漱石にも届いていた様で、『草枕』(1906)という小説の冒頭の章にこんな形で姿を現します。

“・・・物は見様(みよう)でどうでもなる。レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子に告げた言(ことば)に、あの鐘(かね)の音(おと)を聞け、鐘は一つだが、音はどうとも聞かれるとある。一人の男、一人の女も見様次第(みようしだい)でいかようとも見立てがつく・・・”

小説の主人公である「余」は古今東西の詩人、芸術家などに触れながらあれこれと思索をめぐらす(あるいはウンチクをたれる・・・)中でこの話もひっぱりだされてくるのですが、実は『吾輩は猫である』の冒頭の章にも美学者のセリフとして「壁の染み」のほうが登場します。これは・・・ひょっとすると漱石自身の鉄板ネタだったんじゃないでしょうか。「かのダ・ヴィンチもな・・・」というような具合に。もしかすると、そんなウンチク語りを聞いたかもしれない1人に漱石と深い師弟以上の交流があった物理学者・随筆家の寺田寅彦をわたしは思い浮かべます。寅彦は多才な人でヴァイオリンなどの楽器にも造詣が深く、演奏するのみならず音響物理的な分析、美学的な思索やそれらに関する論文、エッセイの執筆までおこなってしまう人だったので、ダ・ヴィンチの逸話を聞いていたとしたら結構影響を受けたんじゃないか、と勝手な想像が膨らみます。彼の「病院の夜明けの物音」というエッセイを読むと、入院中の病院で夜明けに聴こえてくる物音とそこから生まれる想像の描写が活き活き描き出されていて、ダ・ヴィンチの壁の染みや鐘の音の教えへの返答のような気がしてきます。ちなみにこの寅彦が漱石に是非とも読むように!と国木田独歩の著作を勧めたらしいのですが、独歩の「武蔵野」という有名な短編があり、これまた「聴こうとする、からはじまる」面白い文章と言えると思います。他にも漱石繋がり?で言うと、芥川龍之介の「ピアノ」という短編も音に絡んだ秀逸な文で独特の世界観に響き渡るピアノの音に想像が刺激されます。『草枕』はさておいても他の3つはいずれも短く、全部ネットでも図書館でも簡単に見つかると思うので耳を澄まし、文章に導かれるままにわたしたちの想像をウォームアップしてみましょう。

ex.2 - Listening & Sampling - 別に鐘の音じゃなくてもいい

ダ・ヴィンチ先生や漱石先生から壁の染みや鐘の音についての講釈を受け、先にあげた文豪たちの洗練された文章をよむだけでもわたし達の想像は十分にひろがり、良い刺激をうけた事と思います。そうなんです、わたし達の身の回りには想像の種となるようなきっかけが無数にあります。以下の30分1セットの練習メニューではそういった想像の種を耳で集めて言葉によって「採取」する練習を紹介します。各メニューが意味するところを踏まえつつやってみてください。1人でも数人でもできます。特に何人かでやるときはエクササイズごとに感想やメモを交換したりするときっと発見があって面白いと思います。10分間というのは目安ですが、ポイントは時間無制限にしないということです。時間無制限だとどうしても進まなくなってしまったりするので。ちょっと足りないな、と思うくらいでちょうど良いと思うのですが、10分という尺がどうしても症に合わない方は自分なりに調整してみてください。ただしタイマーはかけてくださいね!

1) 周囲の音に耳を澄ます

まずは何もせずにただ、今いる場所で10分のタイマーをかけて周囲の音に注意を集中してみてください。

*静かな場所や逆にいろんな音がするポイントを選んだ場合は、散歩する感じで自分の身体がある位置と至近距離に集中して徐々に遠い距離にむかっていく、そしてまた近くに帰ってくる。気になる音があったらそこに集中して意識もそのあたりでうろうろさせてみる。そんなリスニング方法も試してみてください。

2) 音を書き留め「採取」する

再び10分のタイマーをかけて音に耳を澄ますと同時に、今回はとにかく聴こえてくるままに書き留める。

*いろんな書き留め方、書き留める程度はあると思いますので、基本的に自由ですが、音の聴こえてくる位置、擬音を使う場合、音の動きなど様々なディテールも即座に書ける範囲なら、あるとより良いと思います。実際のところ書きだすと聴くことにおいつかなかったり、集中しづらくなるとは思いますが、ここでのポイントは1つの音を細かくひろうよりも、全体の音環境を把握しながら記述してみるという感じです。

例を読んでみたい方はこちら

3) 採取した音を観察・分析し、より詳細に書き留める

2)で採取した音を改めて読み返して、気になった音を1つ選び、また同じ様に10分タイマーをかけます。10分間でその音をなるべく詳細に描写し、そこから思ったことがあれば書いてみたり、とにかく筆のむくまま書いてみる。

*ポイントは自分なりに気になった音を詳細にとらえて書き留めようとすることです。ついさっき聞いた音ではあるのですが思い出しながら、それが継続的な音だったのか、変化する音、動く音、謎な音(だとしたら何が?)などいろいろな特徴や様態があるのを観察し、発見しながら、それをどう言葉で書くのかを練習してみてください。箇条書きや、まとまりのない、繋がりのない文章になってしまっても大丈夫です。とにかくここでのポイントは詳細な観察と分析とそれを書いてみることです!

例はこちら

★別の場所・シチュエーションでリスニングと音の採取を続ける★

今いるところから移動して、音を聴く地点を探してみてください。散歩にでれるなら散歩先でもいいですし。家の中なら外に出てみる、部屋を変えるなどリスニングポイントを変えてみてください。同じ日にやってもいいし、別の日に出先でのちょっとした待ち時間を利用できるかもしれないし、移動できる範囲で工夫して環境を大きく変えるのをおすすめします。移動に制限がある場合でも、時間帯を変えてみたり、耳(顔)が向いてる方向を変えることはできると思います!すくなくとも2、3回、できれば数日、1週間くらいかけて何箇所もぜんぜん違うロケーションでやってみれると、これだけでもかなりの発見があるんじゃないかと思います。

補足)ここで、ex3の準備として、他の「想像の種」も集めておく
目に止まった何か、印象にのこった何かを4つ、5つ書き留めておく

*次のエクササイズで文章を書き始めるために音以外の要素も用意するというのがポイントなので、あまり深く考えず、何かしら気になったものを反射的にランダムに採取してみたほうが面白いと思います。

例はこちら

ex.3 - Listening & Writing - 「聴こうとする、からはじまる」物語を書いてみる

音や響きに注意をむけ、音を「採取」し想像の種を拾い集めてみましたが、ここではさらに想像をひろげていくために、もう一歩踏み込んで、「聴こうとする、からはじまる」ちょっとした物語の創造をしてみたいと思います。ひょっとすると今まで思いもよらないところにわたしたちの想像が展開するような体験が出来るかもしれません。

1) 採取した音、音以外の「想像の種」をひとつずつ選び、その両方が登場する文章を書いてみる。

わたしの場合は音を描写した文章を読みながらその前後を想像してみるところからはじめて、物のほうにどうつなぐか、という感じで書いてみました。書かれているままにおこった事ではないのですが、パーツパーツは実生活に基づいています。というのも実際、今回のエクササイズでは音や物を実生活から採取しているのでこういう「日記+α」的な文章が想起されやすいかとは思いますが、もちろんドキドキのサスペンスもの、SF、ファンタジー、詩的で抽象的な世界?はたまた時代物でも!?いれこめるとは思うので、想像の範囲は事実に限定せずに、フィクションにもひろげていってください!とにかく書きながら、あれこれと自分の中にすでに散在しているエピソード、興味、関心を発見したり、そこから思わぬ場面の想像がひろがる時間を楽しんでください。2つの言葉から場面を想像する、というのはちょっと大喜利のような感覚も必要かもしれません。例えば音キーワードは「通りを走る車の音」、物キーワードは「マグカップ」を選んだ場合に「マグカップにいれたコーヒーを飲んでいると通りを車が走るのがきこえた」と1行で終わってしまえるわけですが、そこをひっぱってひっぱって想像してみることを楽しみつつ、書きながらストーリーを探していく、そんな心持でやってみてください。上手な文章を書くことよりも、想像をストレッチすることがこのエクササイズの目的というのをお忘れなく。今回はタイマーを30分にセットして、エンジョイ!

例はこちら

書いてくださったものは是非とも共有してください!

ex.2で採取した音、ex.3で書いた文章の両方、またはどちらかだけでもお寄せください。
ここで公開していきたいと思います。

あっかさん

H.H.さん

N.M.さん

hrさん

Y.W.さん

S.Y.さん

R.H.さん

共有方法

メールにて、件名を「聴こうとする、からはじまる」として、本文に
①お名前(本名以外で構いません)
②リスニングした場所
③リスニングした日時
④背景などのコメント
をご記⼊いただき、メールアドレス(activitypalette★nmao.go.jp) 宛てにお送りください。
※メールは★を@マークに変えて送ってください。

<おまけ。別に文章でなくてもいい!>

お気づきかと思いますが、このエクササイズはけっこう応用範囲が広いと思うのでアウトプットは文章じゃなくてもあれこれできるんじゃないかな、と思いますよ!

mamoru

mamoru(アーティスト)

アーティスト、リサーチャー、サウンドアーティスト、音楽家とかいろいろ時と場合によって呼ばれ方はありますが、これまでずっと物事に意識を向け全感覚を傾けて探求する姿勢を「リスニング」と呼びその練習を続け、作品を発表してきたと思っています。
楽器を自作したり改造したりして即興的に奏でる音や日常のなかに潜む微かな音からはじまり、私にとっての「リスニング」の対象は、想像を喚起する言葉やイメージ、そして黙殺され沈黙する数々の歴史へと拡がっています。ここ数年は、17世紀オランダにて出版された地誌本に掲載されている情報と想像に満ちた日本の姿に興味を持ち、その本とイメージが生まれてきた背景を調べているうちに、現在の世界やアジアにおけるヨーロッパ諸国と日本によるコロニアルな歴史に埋もれた数々の歴史を知るきっかけになったり。さらに漏れ聞こえてくる小さな声を頼りに台湾の東海岸で戦中に日本人考古学者達が発掘を行ったという地にたどり着き、興味深い話しを先住民の長老たちから聞くこととなった、というように。そんな「リスニング」を通じて得た発見は声/語り/歌、文字/字幕、フィールドレコーディング、音楽、映像などを素材としつつパフォーマンスやインスタレーション作品として世界各地の美術館、ギャラリー、フェスティバル等で発表してきました。ご興味あれば以下のWebにその一端が記されていますのでご覧ください。
www.afewnotes.com
(2021/2/19 時点)

今回のアクティヴィティを提案したおもい

自分の制作のベースになっているような感覚をエクササイズ化したという感じもありますが、皆さんにとってはやったことのないものかなと思います。そういう新しいことって伸びしろしかないので、とっかかりが難しいかもしれませんが、はじめてみるとスタートから新鮮な体験ができるんじゃないかな、できればステイホーム時期でも楽しい発見をすることができるんじゃないかな、と。

今実践していること

仕事面ではこれまでのように世界各地に飛んで回りあれこれ調べたりすることができないので、これまでの仕事を整理し振り返る作業をこの1年は続けています。その過程で思い出したり、気づいたやり残しに手を付けたり。一例をあげるとモーリス・メルロ=ポンティという人の哲学に関心を持ち続けてきたのですが読み込んではいなかったのでそれに手をつけたり、過去に行ったリサーチで消化しきれていないエピソードなんかを作品にしてみようとしたり、その際に新しい機材や道具を導入したりしてます。

今大切にしていること

今、ということでもなくこういうことはいつも心がけていることですが、特に今はコロナで受け身にならざるを得ないところがあるので、より意識的に仕事以外でも生活全般でも意識的に新しい刺激を加えるようにしています。例をあげますと・・・40になってからサーフィンはじめたのですがかなり入れ込んでたり、年齢的には現在40代なかばなので今更感満載なんですが、コロナになってから車の免許を取得し中古車を買って運転するようになりました。 普通に世界が変わりました。(笑)それと一番最新のところではパンを焼いてます。誰かのSNS投稿で気になった天然酵母というやつをググって作って、自宅にある炊飯器とトースターを駆使して発酵させて焼いてます。そういう自分的なテコ入れ?は普段から大事にしてます。