H.H.さん
〈リスニングした場所〉
自宅
〈リスニングした日時〉
8月22日 2時10分~20分
〈背景などのコメント〉
この課題に取り組むにあたって,丁度雨の日が長く続いていたということもあり,主に雨音から聴こえてきた音をメインに採集することが多かったです。また,外出先などでも様々な聴こえてくる音を採集しましたが,最終的には自宅で耳にした蝉の声(聲)をキーワードに物語を作ることにしました。
採集した音の中にも面白いと感じたり気になった音がいくつかあったのですが,夜更かしをしている時に「今,この無音に感じる空間で10分集中して音を採集しよう」と考え音に耳を傾けた時,始めに聞こえてきたのがこの物語のキーワードになった「蝉の声」でした。
文章を考えるのは得意な方ではないのですが,これを期に一度短い物語を作ることに挑戦してみようと思い書きました。添付した画像は物語のイメージ画像になります。

ex.3
選んだ音キーワードは「蝉の声」、物キーワードは「オルゴール」
大学生活3年目の前期も終わり,夏休みに入った。前期終盤から夏休みにかけての間どしゃぶりの雨の日が続いたが,その日はこれまでの雨の存在を打ち消すほどの雲1つない晴天だった。外に出る予定もなかったので1日中,家に引きこもって絵を描いていた。家の傍には幼い頃に読んだ本の中に出てくる巨人の様な大木が1本太陽に向かって生えている。
毎年夏になると地面から出てきた蝉達がその木にとまり,その木で鳴き,生涯を終える。今年も様々な蝉の声が耳に入って来る。元気な,楽しそうな,歌っているような,怒っているような,威嚇しているような,泣いているような,個性溢れる協和性のないセッションが,周囲一帯を支配する。
木から落ちた後も,力を振り絞って最期の最期,限界まで鳴き続ける。1度聞き始めたら,その声が消えるまで私はその場から離れない。蝉の一生を勝手に見守っている。
今年は珍しいことに真夜中にも鳴いている蝉がいた。
夜中の2時。蝉がこんな時間に鳴くとは,今年は特に気温が高く夜でもほんのり暑いからか。暗闇の中に,一定の旋律。1つの声。
控えめで大人しいその声は,明るい時間に鳴いている蝉の様に,魂の籠った雄叫びの様な聲とは違い,音がなかった空間に只その声だけが聞こえているからか,その声を偶然キャッチした私にそのまま耳を傾けていてほしいと言っているような,どこか異様な雰囲気がそこにはあった。
真夜中に聞こえてくるその声は非常に消極的で,暗闇に包まれた外で鳴いているからかその声は私を妙に不思議な気持ちにさせる。
机上の棚に飾っていた小さなオルゴールに目が行った。
昔,幼い頃に家族で出かけたオルゴールミュージアム展で買った物だ。かなり前の物なので,音質はあまりクリアとも言えず,オルゴールとしての機能をやっと果たしているといえるものだった。このオルゴールと,外にいる蝉の声をセッションさせてみたくなった。
今は真夜中ではあるが,双方とも朝や昼に鳴いている目覚まし時計の代役になるような蝉の主張の強い声とは違い,謙譲の美徳を感じる様な聲なのだ。
別に誰にも迷惑をかけることはないだろう。蝉の声が闇夜に消え行くその時まで,私はオルゴールを流し続けよう。
夜はまだ長い。