コレクション 2

会期: 2007年7月7日~9月17日

藤本由紀夫の作品にちなんで抽象的な純粋性を求めた作品を含めて構成しました。特に、藤本のことばを用いた作品に合わせて、言語と芸術に関する作品を一つのコーナーとしました。また、未公開のコレクションを中心として様々なテーマで展示すると共に、在日韓国人作家の作品を紹介します。

1.芸術と言葉
1970年代、ジョセフ・コスースを中心として、言語という形式の中にアートの可能性を追究しようとした「アート・アンド・ランゲージ」という美術運動がありました。その運動は、コンセプチュアル・アートをさらに厳しく限定することによって生まれたのですが、そのような概念的な芸術作品のルーツにはデュシャンのレディ・メイドによる作品がありました。日本人では河原温や荒川修作等が同ジャンルの作品を制作しています。また、そのような作家たちと対極的な立場にいるのが1980年頃から活動を始めたソフィ・カルです。彼女は、虚実入り混じった物語を実演し、その行動を写真と言葉によって表わします。

2.宙(そら)
野村仁は、1970年頃から時間軸を通して事物が変化すること自体をテーマとした作品を発表し続けてきました。そのような時間に対する観点は1980年頃から天体の運行を記録する作品につながっていきました。《曲がった大気中の自転》は、一日の太陽の軌跡を撮影した作品です。このような作品を前にすると、我々は天体の運行という自然現象に基づいて行かされていることに気づかされるでしょう。作家は自らの作品にそのような無為の力を表象することがあります。吉原治良の大きな円を描いた作品、駒井哲郎のシュルレアリスム的作品、加納光於の偶然性を利用したメタルプリント等にも同様な要素が感じられます。

3.街角
正木隆の作品は、暗闇の中に浮かび上がる僅かな要素によって成り立っています。タイトルの"From Driving to Diving"ですが、見えてくる風景や物に対しては表面上をDRIVEするように視線を横滑りさせ、それをカンバス上に絵具で表現するときには深く垂直にDIVEする、という趣旨を作者は述べています。絵画空間という場所に正木が眺めたイメージを刻印したかのような不思議な風景です。小林孝亘は自分が生活しているバンコクの風景を描いています。強烈な昼間の光と対照的な夜の闇が印象的だと言っています。その暗闇に浮かぶ赤いテールランプに異邦人としての自分を感じているのかもしれません。吉田克朗は、できるだけ手の痕跡を残したくないという理由で写真製版を用いています。吉田は見なければならないはずの風景は細部には無いとも発言しています。斎藤智は、原寸大に引き延ばした写真を被写体となった現実空間に戻し、再度その後継を撮った写真を用いて作品としています。我々が見ている風景の不確実性を示唆するかのようです。

4.光と風
日高理恵子は、作品のタイトルにもあるように「見上げる」というスタイルで樹を描いています。「見上げる」というスタイルが日高作品のコンセプトを決定しているのです。日高は樹の下で真上を見上げ、自分と近い距離の枝、遠い距離の枝、そしてさらに向こうに空があり、その見極められない部分に惹きつけられる、と述べています。作家は、その見極められない空間を表現することを試みているのでしょう。秋岡美帆はアウトフォーカスとスローシャッターによって、例えば、風に揺れる木の葉の影を通して、実体としては存在しがたい光と風のような対象を映像化し作品としています。田中孝は、箱庭のような世界を作り出し、それを映像化と版というプロセスを経ることによって、光や風といった自然環境まで作品世界に織り込んでいきます。

5.在日韓国人作家
近年、韓流という言葉等が示すように、韓国との文化交流が進んでいますが、戦後日本で美術を学び、日本で作家活動を続けた一群の作家たちがいます。ここに紹介するのは一部の作家ですが、日本の同時代の作家と比べ、より抑制された絵画空間からは、韓国作家の特色を感じ取ることもできます。

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