9月9日、10日に「何を知りたい? 感じたい? 国立国際美術館の触察ツールをみんなでかんがえよう」(※1)を開催しました。今回は、中学3年生以上の見えない人、見えにくい人、見える人を対象に実施し、1日目は見えない、見えにくい人2名と見える人8名、2日目は見えない、見えにくい人4名と見える人6名、計20名にご参加いただきました。
本プログラムは、今年の2月25日、26日に開催したワークショップ「国立国際美術館ってどんな建物?歩いて話して、みんなで一緒に考えよう!」(※2)に続き、講師に宮元三恵さん(アーティスト・東京工科大学教授)をお迎えし、当館の建物を巡り、じっくりと観察し、様々なことを感じた後、そこで得た情報や感覚を反映させ、だれもが楽しむことのできるツール制作を目的に開催しました。また、今回のツール制作にあたり技術面でご協力いただいている御幸朋寿さん(東京工科大学専任講師)が本プログラム中もサポートくださいました。
「国立国際美術館の触察ツールをみんなでかんがえよう」と思うに至ったきっかけが2つあります。1つは、見えない人、見えにくい人を対象とするプログラムを開催する中で、作品だけではなく、作品が飾られている美術館がどのような建物なのか知りたいという、見えない人、見えにくい人からの率直な要望でした。もう1つは、2月に開催した当館の建物の魅力について考えるワークショップで見られた、主催者の予想以上に建物に関心を寄せる参加者の姿でした。ワークショップを通して、自らの感覚をもってじっくりと建物を観察することが、図面や写真では感じられない実体験に裏打ちされた新たな発見につながると実感できたことで、見えない、見える関係なく、だれもが建物を楽しむためのサポートとなる「さわれるたてものツール」の開発へと進むことができました。
講堂で講師の宮元さんをご紹介した後、宮元さんのレクチャーからプログラムはスタートしました。冒頭で宮元さんは、美術館に限らず建物を考えるための例として、日本語の「家」にあたる「Home」と「House」という、もしかしたら通常は意味の違いを意識しないかもしれない2つの単語について触れました。「Home」には、心のよりどころとなる空間、故郷といった意味合いがあり、「House」が指す建物の形や色といった機能的なことは、このかけがえのない「Home」を作るためにあること、今回は美術館の建物の構造だけでなく、美術館の「Home」にあたる部分も探し、みなさんで共有するにはどうしたらよいか考えたいと伝えました。
この話を受け、初日の自己紹介では参加理由とこのプログラムで期待していることに加えて、自分の家についても話してもらいました。(2日目は参加理由、期待していることのみ)参加理由は、それぞれの状況や興味関心をもとに多岐にわたりました。参加者の多くは、個々の視覚の状況にかかわらず、美術館に行っても建物に注目する機会がなかったからこそ、新たな発見をしたいと期待に胸を膨らませているようでした。家の紹介では、マンションや一軒家といった建物としての説明よりも、窓から望む四季によって移ろいゆく景色、時間によって変化する光、季節による室温の変化といった感覚的なことをもとにそれぞれの家の印象がたくさん語られることで、建物の魅力とはどういうところにあるのかをみんなで実感する時間となりました。
初日の館内ツアーでは、美術館スタッフよりある程度の建物の概要を聞いた上で、見えない、見えにくい参加者は今回のプログラムのために宮元さん、御幸さんが試作してくださった5種のツールのうち、両掌に収まる大きさの地下1階の模型のようなツールを持って出発しました。2日目は、上述した5種のツールに事前に触って建物をある程度把握してからツアーに出かけました。ツールの効果をより発揮させるためには、ツアーの前後、いずれのタイミングでの活用が効果的なのか検証したところ、見えない人、見えにくい人が建物をよりスムーズに把握するためには事前に触っておいた方がツアー中の会話も弾むことがわかりました。今回のツアーでは、地下1階を隈なく歩いた後、地下2階の展示室入口付近の吹き抜けエリア、地下3階の展示室以外の部分を探索しました。
地下1階のツアーでは、参加者全員が壁伝いに歩きながらフロアの形や広さを把握し、壁、床などの触れる部分を触りながら材質の違い等を確かめました。また、参加者、講師、スタッフは、様々な感覚器官から得た情報、感じたことをお互いに口頭で共有しながら進みました。
多くの見える人には強い印象を残す、当館の地上から地下3階までの吹き抜け部分は、見えない、見えにくい参加者にとっては、フロアごとに歩くため、地上から地下3階までつながっている様子を把握することが容易ではありません。見える参加者からの「(地下1階から吹き抜けを見下ろすところは)船のデッキのような場所、タイタニックのような」「吹き抜けになっていて、壁にはミロの作品が見え、外光が入ってきて明るい」「地下1階から吹き抜けを見下ろすと地下2階にも同じ場所に柱があることがわかり、地下1階から地下2階まで1本の柱が繋がっているようだ」との発言をもとに、その空間を想像しようとしていました。
壁に触る場面では、見える参加者から、触るまでは壁面が湾曲していることや場所ごとの素材の違いについてあまり意識していなかったとの発言が聞かれ、見えにくい参加者からも「触ってなんとなくカーブしていることはわかるが、(カーブが)緩やかなのでそこまで湾曲していることがわからない」といった感想が聞かれました。
床を観察する場面では、見えない人、見える人で異なる気づきを得ました。約2㎝角の小さな大理石が敷き詰められた地下1階のエントランスホールの床が外光を受けて様々な色に輝く様子を、見える参加者の多くが見えない、見えにくい参加者に伝えていました。その話を聞きながら、見えない、見えにくい参加者は床を丁寧に触って確かめながら、触るとしっかり認知できる、小さな大理石の間に不規則に組み込まれている幅約10㎝のライン状の大理石に気づき、なぜそのようなものが配置されているのか見える参加者に質問していました。おそらく、見える参加者にとっては、ライン状の大理石の色が小さな大理石と見た目に同系色であるためか、ライン状の大理石にさほど注目しなかったのに対し、見えない、見えにくい参加者は触ってみることで床を把握しようとしたので、大理石の並びや大きさに着目することができました。見る、触るといったそれぞれの方法から得た情報を統合させながら、このライン状の大理石の並びが不規則なものなのか、設計者のコンセプトに基づく配置になっているのか、一緒に話し合う姿が見られました。
また、情報コーナーの床がエントランスホールの床と異なり、カーペット敷きになっていることについて、見えない参加者は「床の材質が異なると、別の場所に入ったということがわかるので助かる。車いすの方にとっては段差がないことがバリアフリーになっているが、(私たち、見えない人にとっては)段差がないと別の部屋に入ったことがわからない」と話していました。見える参加者の多くは、段差がないことが全ての人にとってのバリアフリーだと思っていたためか、思いもよらない発言に驚いていました。同時に、見えない参加者のこの発言は、建物がだれにとってもバリアフリーであるためにはどのようにあるべきなのか考えるきっかけになりました。
地下2階のツアーで、参加者たちの多くは地下1階から展示室のある地下2階へ降りると吹き抜けエリアの空気はひんやりと冷たいと、肌身で空気の違いを感じていました。ある見える参加者はツアー後の振り返りで「吹き抜けの良さは何かと考えた時に、冷たい空気が下にたまる感覚があり、その温度の違いで自分の居場所(地下何階にいるのか)を感じることができる」と発言していました。これは、普段から参加者自身が1つの空間の中で天井近くは温かく、足元は冷たいといった温度の差を感じているからこその気づきであり、当館の建物の特徴である地上から地下3階まで続く吹き抜けを1つの大きな空間と捉えていることがよくわかる発言でした。
また、地下2階の広い吹き抜けエリアの大きさを確認するために歩いていた、見えない参加者が美術館の柱を点として、その点と点を線で結ぶとどんな形になるかと見える参加者やスタッフに質問していました。このように、ツアー中には、壁伝いではない方法でフロアの形を把握しようとしている姿も見られました。
地下3階のツアーでは、エレベーターに向かう廊下を通り、1階部分からわずかにつながる吹き抜け部分を探索しました。廊下の壁の幅は大人が両手を広げたサイズより若干広く、壁面が湾曲している箇所では両手が両方の壁に届くくらいの狭さになります。参加者は、この壁の幅や片方の壁が湾曲している様子を感じるために両手を広げ左右の壁のどちらかを触りながら廊下を進みました。廊下の中腹あたりで、壁面が参加者側によりカーブを描き、廊下の幅が狭くなるため、参加者の広げた両手は両方の壁に届きました。そこで初めて、「壁が曲がっているからなんだね」と、地下1階に続き、ここでも、壁が曲がっていることを知り、当館の建物で頻繁に現れる湾曲したラインを肌で感じ取ることにもなりました。建築関係のお仕事をされていた見える参加者は、この廊下について「先が見えないように工夫している、この先に何があるのかと期待させる効果を狙っているのではないか」と話していました。
また、見えない、見えにくい参加者から音の響きによって地下2階に比べて地下3階では圧迫感を感じるという意見が聞かれ、見える参加者は頭上に見えるエスカレーターと階段のすき間から差し込むドラマチックな外光の様子と感覚として感じる圧迫感を合わせて、「洞窟のようだ」「クレバス(氷河、雪渓等の深い割れ目)のよう」と話していました。
ツアー全体の中で見えない、見えにくい参加者が色について質問する姿もよく見られました。後天的に見えない、見えにくい状況となった参加者にとっては、モノクロで想像しているところに色の情報が入ってくると想像が一気に広がるとの感想がある一方で、色を少し認知できる見えにくい参加者、先天的に見えない参加者からは色に関する質問は少なく、見えない人、見えにくい人の中でもその状況に応じて必要とする情報に違いがあることを実感できました。
講堂に戻り、参加者全員で建物を回って感じたことを共有したところで、いよいよそれらを反映させるためにはどのようなツールがよいのか検討を始めました。抽象的な話に終始することを避け、今回は参加者が具体的な意見を出しやすくするために、本レポートの最初の方で少し触れた5種のツールを用意しました。宮元さんから、これらを単に改良するということではなく、これらをもとに、どのようなツールが建物を知ったり、感じたりするためによいのか考えていきたいと投げかけました。
まずは、地下3階から地下1階の建物の構造が立体的にわかるように、3フロアを層状に棒で接続している模型のようなツールです。見えない、見えにくい参加者からは「大きさ(両掌で1フロアを把握できる大きさ)はこれで良いけど部屋の壁など、ここまで詳しく必要かな?もっとシンプルに吹き抜け、柱、エスカレーターぐらいで良いかもしれない」という、凹凸で表現する部分を絞った方が良いという意見が聞かれました。一方で、「建物の構造がよくわかるのでとても良い。どこから光が入ってくるのか感じられたら良い、館内ツアーでは吹き抜け部分がもっとあるように感じたが(ツールを触ると)少ないと感じる。地下だけではなく地上部分から繋がっている模型(ツール)がほしい」といった意見も聞かれました。見える参加者からの「見えていても建物はすべて地下にあるので、こうして建物の全貌を把握するのは初めてで新鮮」といった感想を聞いて、地上からは美術館内の様子がほとんど見えない、完全地下型の当館の建物の全貌は、見えない、見えるにかかわらず、なかなか把握しづらいということをあらためて感じました。
次に、当館の中でも、最も複雑な構造をしている地下1階についてのツール2種です。壁などを組み立てながら建物の構造を知ることができる、縦横80センチ程度の模型のようなツールについては、見えない、見えにくい参加者の多くからは「入口がある壁には入口がほしい」との意見が聞かれ、エリアの違いを認識するためには「部屋ごとの違いが触ってわかるようにするといいんじゃないか」といった提案も出てきました。
初日の見えない参加者がツアーに持って出かけた、両掌に収まる大きさの地下1階の模型のようなツールに関しては、「壁や階段、柱などを細かく表現するよりも、持ち歩きやすさも考慮して立体模型ではなく平面の触地図(※3)のようなものが良いのではないか」との提案がありました。それならばと、他の見えにくい参加者からは「首からぶらさげられるようにしていると良いかもしれない」といった声も聞かれました。実際のツアー中の様子を見ていても、白杖や手すりを手にしながら、模型のようなツールを持ち、自らの位置を確認しながら建物を把握することは困難を伴うようでした。
他にも、それぞれのスペースや機能が音声によって説明されているとよいのではないかという意見や、音声による説明ではなく、例えば展覧会入口ではチケットをもぎる音、エスカレーターのある場所ではエスカレーターの動く音など、館内で聞こえてくる音を地図と一緒に配置するといったアイディアも出てきました。
館内の後は、館外に関するツールです。まずは、当館や隣接する大阪市立科学館(以下、科学館)の外周について触って確認できる板状の木製パネルです。建物や植栽などのアウトラインが数ミリ高く表されています。見えない、見えにくい参加者からは「南北などの方角がわかるようになっているとわかりやすい」との意見が多く、「方角がわかると時間による館内の光の変化を想像できるかもしれない」といった提案も出ました。また、初日の見えない参加者からは、弱視の人のために科学館と美術館を色分けするなど、色についての発言もあり、色をつけることで認識しやすくなるといったご意見も多く出ました。他にも、「科学館と美術館が手触りの違いでわかるとよい」といった触り心地を変えること、「美術館と周辺の建物との高さの違いを(触って)比較できるようになっているとよい」といった高くしている部分の高さに変化をつけることなども見えない参加者からの提案として出てきました。
いよいよ、見える人にとっては、当館を一番強く印象づけている外観部分についてのツールです。ある見える参加者が「言葉での説明が非常に難しい、この形は見えている人にしかわからないのではないか」と話したように、銀色のステンレスパイプで形作られている外観部分は、その形がウサギ、羽、蝶、船の帆、竜、ジェットコースターと形容されるくらい、見る人によって様々なものに見えます。だからこそ、見えない、見えにくい参加者はその形をどのように伝えればよいかと悩んでいました。しかし、見えない、見えにくい参加者の多くは、外観の模型のようなツールに触ることで、ある程度の形を把握することができ、「こうなっているのか!」と驚いた表情を見せながら、地下1階のツアー時に話に出た外光を取り入れている地上部分のガラスはどこにあるのかと質問していました。
全種のツールを触りながら、両日ともに大きな話題となったのは、当館の建物を象徴する吹き抜け部分をどのように表現すれば、見える人がその場の光景に遭遇して感じることを、見えない人と共有できるのかということでした。見えない参加者は、組み立て式の模型のようなツールを触りながら「ミロの作品を模型(ツール)上でもわかるように示してくれたら、(ツアーで歩いてみて把握できた吹き抜け部分の大きさから想像して)作品の迫力が伝わってくるかもしれない」と話していました。これは、実際に館内を歩いて吹き抜けの広さを把握できたからこその発言であると同時に、恒久展示されている作品を含め、その広さや光景を見えない、見えにくい人と共有するためには、当然ながら、今回用意したツールだけでは不十分だと言うことを示していました。どのようなツールが適切か参加者全員で思案する中で、見える参加者からは「吹き抜け部分を立体的にでこぼこで(レリーフのように)表現することはできないか」「吹き抜け部分のみを断面にしたら良いのではないか」という、新たなツールの構想が生まれました。
今回のプログラムの中で、見えない参加者の1人から「見えている人が(見えない人に)見せたい風景と、見えない人が知りたい情報は違う」という発言がありました。これは、見えない、見えにくい人の気持ちを率直に伝える言葉であり、見える参加者に強く響いたのではないかと思います。今回のプログラムは、見える人が、見えない、見えにくい人の世界を知るためでも、単なる視覚による情報を見えない、見えにくい人に補足的に伝えるためでもなく、あくまでも見えない人、見えにくい人、見える人が建物のことを共有するためにはどのようなツール(=方法)があるのかを模索するための第一歩として開催しました。
そのために参加者は、見える、見えないにかかわらず、当館の建物をじっくりと観察し、そこから構造のみならず建物にまつわる様々なことを感じ取ろうとしていました。それによって、感じたことは人それぞれであり、多様な感じ方を共有することで、自分だけでは気付かなかった、感じられなかったところまで建物を味わうことができ、こうした経験がツールの検討への意欲的な関わりにつながったのではないかと思います。ツールの検討では、ツアーの中で味わったことをどのレベルまでツールに反映させるのか、また互いに共有するためにはどのように表現するのがよいかなど、これから検討すべきことをたくさん発見できました。今後は、今回参加してくださった方々と継続的な検討を重ねながら、見えない、見えるに関係なく、だれもが建物を楽しむことができるような「さわれるたてものツール」の開発を進めていく予定です。
長時間にわたるプログラムにご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。また、準備の段階から当日まで全力で取り組んでくださった宮元さん、御幸さん本当にありがとうございました。今後どのような展開となるのかぜひ、ご期待ください![K.Y]
※1 本プログラムのタイトルにある「触察」とは、主に手で触って、触覚を活用して感じ取り、事物の状態を明らかにすることです。詳細はこちらから
※2 ワークショップ「国立国際美術館ってどんな建物?歩いて話して、みんなで一緒に考えよう!」についてはこちらから
※3 「触地図」とは、視覚障害者が触覚により空間認識を行うための地図のことで、「触知地図」や「触覚地図」とも呼ばれています。道路や建物などの地物を凹凸のある線や網目模様で、注記を点字により表現しています。詳細はこちらから
---
2023年9月9日(土)、10日(日)13:00〜17:00
対象:中学3年生以上の見えない人、見えにくい人、見える人
定員:各日10名
---









