会期:8月5日~9月10日
吾妻兼治郎(1926年 山形市生まれ)は、東京芸術大学で彫刻を学ぶうち、次第にイタリアの現代彫刻、なかでもマリノ・マリーニに強くひかれた。1956年ついに政府給費留学生としてイタリアへ渡り、ブレラ美術学校へ入学、マリーニに師事し、後にその助手をつとめた。
ヨーロッパで、彫刻を学ぶにつれて、はじめその伝統の強大さに圧しつぶされそうになりながらも、やがてヴォリュームによらないレリーフ状の作品に到達した。量塊性によるヨーロッパ的な表現から解放され、あらためて自分を発見し、ヨーロッパの中で非ヨーロッパ人として生きかつ制作してゆく方法をみつけ、以後、外側のヴォリュームに内側の空虚を包含させた「無」のシリーズが展開されはじめ、確乎とした地歩が築かれてゆく。磨かれた表面に、底の知れない洞穴のように暗黒をたたえて散在するいびつな穴や溝が、虚と実にまたがる存在の不確かさを体感させる。
1985年からは、「有」のシリーズがはじまる。「無」が主に幾何学的な形態によっていたのに対して、「有」ではより有機的な形態が目立つ。そして表面の穴も大きくまろやかになって、不気味であるよりは温和な、生命的な印象を与える。存在を非在として捉えるほかなかったところから、非在すら実在しているのだという積極的な心境への深化の表現であるともいえるだろう。
この展覧会では彫刻(73点)のほか、絵画(21点)、デッサン(38点)、リトグラフ(21点)によって、初期作品から、吾妻兼治郎在イタリア30年の足跡を回顧した。