会期:1983年7月7日~8月9日
クリスト(本名クリスト・ヤヴァチェフ、1935年ブルガリア生まれニューヨーク在住)は、椅子やオートバイなどの身近な日常物を梱包した作品や、美術館や海岸を覆ったり遮蔽したりする大規模なアート・プロジェクトで知られ、「梱包の作家」として今日最も国際的に注目されている芸術家の一人である。
これらクリストの芸術の中でも、公共の建物や自然の景観を相手に繰り広げられるアート・プロジェクトの場合、構想が生まれてから実現されるまでに種々の交渉や準備に何年もかかり、しかもプロジェクト自体は完成後、短時日のうちに撤去され、あとには何も残らないのが普通である。もちろん、完成されたプロジェクトが持っている視覚効果の素晴しさといった芸術性や、そこに提起される社会的、政治的な問題性もさることながら、完成に至るまでの、現実の社会状況との密接なかかわりあいの中でクリストを中心に展開される様々な過程全体にこそ、クリストの芸術の本質があることはいうまでもなく、ひとつのアート・プロジェクトの構想、企面から実現、完成さらには撤去に至るまでの全過程が、いわばクリストの作品ということができる。しかし、それは二度と繰り返しのきかない一回限りの存在でしかなく、従って過程の全体像に関するできるだけ正確な記録作りが試みられることになる。あらゆる関係資料、即ちクリスト自身の制作によるコラージュやドローイングのような作品から関係業者にあてた手紙や作業メモ等が集められ、映画や写真によって実際の進行状況が折りにふれ記録される。それらを集めた資料集が出版され、映画や写真と併せてこれらの資料類を展示する展覧会が組織されたりもするという具合である。本展もこうした資料展として構成されたもののひとつで、クリストのアート・プロジェクトの実際の進行過程を理解する上で恰好の機会となった。
ここで紹介されているのは、クリストが1977年から78年にかけて構想し実現させた「包まれた遊歩道」というアート・プロジェクトである。アメリカのミズーリ州カンザス・シティーにあるルース・パークという公園内の長さ約4.5km、面積10,670㎡の遊歩道を、ひとつづきの黄色いナイロン布で覆い包もうという試みで、1978年10月4日から16日まで実際に設置されている。本展ではこのプロジェクトに関するクリスト自身の手によるコラージュ、ドローイングの他、クリスト夫妻と業者との間でやりとりされた手紙、公園管理局の議事録や許可書、作業を指示したメモ、作業員や公園利用者のための保険証書といった文書類の他、実際に遊歩道を覆った黄色いナイロン布の断片や布を固定した釘の見本、作業中の写真等の資料67点で構成され、会場には1階B室があてられた。
また1階A室では、「包まれた遊歩道」の設置作業を収録したビデオ・フィルムとクリストの過去の代表的なプロジェクトのスライドが常時うつし出され、当館が所蔵するクリストのドローイング、コラージュ14点も併せて展示され、観客の理解の参考とした。
また会期中、クリストの最近のプロジェクト「囲まれた島々」(1983年フロリダ州)に関して写真家安斎重男氏によるスライドを用いた講演会及び、クリストの「ヴァレー・カーテン」(1972年、コロラド州)と「ランニング・フェンス」(1976年、カリフォルニア州)の2大プロジニクトの記録映画の上映会を行なった。
なお、本展は大阪展に先だって1982年10月15日から11月21日まで東京の原美術館で、1983年5月10日から6月19日まで福岡市美術館で開催された。