5月20、21日に、「コレクション2 特集展示:メル・ボックナー」(※1)に出品されているメル・ボックナー《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)&プライマー》(1969-73年)を起点とするワークショップ「じゃがいもの集まりも数字の10に似ている」を、所蔵作家の島袋道浩さんを講師としてお迎えして、開催しました。一日目は、中高生もしくはその年齢に該当する方を対象に15名、二日目は高校生を除く18歳以上を対象に12名にご参加いただきました。今回は、今年度より活動再開した当館のボランティアもスタッフとして参加しました。
講師の島袋さんは国内外の多くの場所を旅し、そこに暮らし、その場所やそこに生きる人々の生活や文化、新しいコミュニケーションのあり方について、パフォーマンス、映像、彫刻、インスタレーション等、様々な表現手法で作品を制作しています。(※2)今回のワークショップは、ジャンルにとらわれない作品制作を行う島袋さんらしく、「じゃがいも」を手がかりにしながらコンセプチュアル・アート、インスタレーション・アート、リレーショナル・アートといったアートの多様なあり方を旅する(たどる)内容として構想されました。
まず初めに、参加者が同じスタート地点に立てるように、コレクション展未見の参加者は受付後に展覧会を鑑賞しました。その上で、ワークショップ冒頭のレクチャーでは、島袋さんから参加者への「展示面白かった?」という問いかけからスタートしました。少し沈黙の後、一日目の参加者である高校生からは「数字は概念だけど、実際に目の前にあるのが面白い」や「よくわからない」と言った率直な感想を聞くことができました。
島袋さんはひとしきり参加者からの感想を聞くと、「ちょうど君ら(参加者の高校生たちを指して)ぐらいの時期にアーティストになりたいと思った。こんなことで生きていけるんだと思った。」と自らと芸術の出会い、アーティストになろうと思ったきっかけについて話し、芸術の面白さについて「わからないけど、なんだろうと思い続けられる」ところだと語りました。
そして、メル・ボックナー《セオリー・オブ・スカルプチャー(引用)》(1972年)をレクチャー会場である講堂のスクリーンに映しながら、「この文章を読んでも何を言いたいのかわからない」、「ひっかけだと思う」と話しを続け、かつて島袋さんが芸術に対して抱いた感覚とリンクさせながら、「腑に落ちないからこそ、後に残る」と、島袋さんの感じるメル・ボックナー作品の面白さの根幹について話しました。
その後、過去に別会場で展示されたメル・ボックナー《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)》(1969-72年)の様子を紹介しました。当館の展示には、これまで同作に用いられてきたものより大きめの石が使われていますが、メル・ボックナーは展示する場所の大きさや様子に合わせて、石ではなく色ガラスを使ったり、作品全体のサイズを変えて展示しています。それに倣い、今回は石を「じゃがいも」に、展示スペースを「講堂」に置き換えてメル・ボックナー作品をカバー制作して(レクチャーでは、ポピュラー音楽の分野でのコピーとカバーを例に出しながら、今回は、美術作品の「コピーとカバー」について考えるきっかけにもしたいというお話しもありました)インスタレーションすることを伝えました。
次に、二人一組で、《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)》の21作品の中から、あらかじめ島袋さんが選んだ7作品(一日目)または、6作品(二日目)を制作するため、一日目は椅子の並び順で、二日目はくじ引きでペアを決め、そのペアでどの作品を制作するのか決定しました。(※3)
制作のため、あらためて向かった展示室では、多くの参加者が《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)》が掲載されている『Mel Bochner Primer』(Simon Lee Gallery、2014年)のコピーにメモを取りながら鑑賞していました。じゃがいもの大きさ、講堂の広さを考え、さらに島袋さんから提示された作品のサイズ(カバー作品の長辺は2.5メートル以内)を念頭に置き、参加者はメジャーや物差しではなく、自身の手や歩幅など、思い思いの方法で作品を計測していました。また、石の並べ方だけでなく、展示室の床にチョークで描かれた円や線、数字の様子をメモしたり、参加者の中にはどうすれば効率よく、正確に制作できるのか、作品を前にしながら相談する様子も見られました。両日ともに、初対面のお二人(一日目だけ偶然にも元同級生!というペアがいらっしゃいました)でしたが、同じ目的を目指して、すぐに打ち解けていました。
いよいよ、じゃがいもを手にメル・ボックナー作品をカバー制作する時が来ました。一日目は、この時点で初めてじゃがいもを登場させると、参加者は一様に驚いた表情をしていました。講堂には、じゃがいものほかにも必要な道具として、チョークをはじめメジャーや物差し、荷造り紐等を用意しました。参加者たちは必要な道具を自分で選び、制作を始めました。
島袋さんからの周りの作品との関連も考えて、位置決めしてほしいとの話しを受けて、メジャーで長辺を確認しながら隣のペアと位置を相談したり、ステージから講堂全体を見渡し、設置する場所を検討する姿が見られました。じゃがいもを並べる段階では、まず一つ目のじゃがいもをどこに置くべきか二人で念入りに相談したり、じゃがいも一つひとつの間隔をメジャーで測りながら並べたり、ある程度並べてから整えたりなど、様々な制作の仕方が見られました。チョークで数字や線を描く作品を選んだ参加者は、どのようにすれば正円が描けるか考え、紐をコンパスの要領で使ったり、養生テープの円にチョークを沿わせて円を描く等、用意された材料で試行錯誤していました。
早めに終わった参加者には、島袋さんから、今度はじゃがいも以外のものを使って、まだ選ばれていない作品に挑戦するという新たな課題が出されました。じゃがいも以外のものとして、ボタン、洗濯ばさみなどの日用品やスティックのり、マスキングテープ等の文房具を使いました。
この新たな課題では、先の制作時よりもさらに講堂全体を見渡しながら、参加者同士で作品を置く場所について相談する姿が見られました。例えば、メル・ボックナー《セオリー・オブ・スカルプチャー(面)》(1972年)の配置について、一日目の参加者は講堂のステージ横の小さな空きスペースを見つけ作品を置き、二日目の参加者はすでに他の参加者がじゃがいもで制作したメル・ボックナー《セオリー・オブ・スカルプチャー(三角と四角の数)》(1972年)の空間を活かして、作品を配置していました。こうした思いもよらないスペースの発見やその活かし方に、それぞれが空間全体を見渡し、余白を把握した上で制作していたことが顕著に現れていました。
全員が終えたところで、参加者と島袋さんはステージに上がり講堂全体を見渡しながら、参加者によるメル・ボックナーのカバー作品によって出来上がったインスタレーションを鑑賞しました。参加者からは「(たくさんのじゃがいもを必要とする大きな作品について)案外できた」、「じゃがいもの大きさがバラバラでバランスをとるのが難しかった」といった、制作そのものに関する感想や「《プライマー》(1973年)(ドローイングの図)と実物(当館での展示)が違った」と、制作を通して見えてきた気づきを聞くことができました。島袋さんは、「並べてみると床の色と(今回多めに用意した)じゃがいもの色が近いので、作品としては(もう一種類のほうの)新じゃがの方がよかった」といった、場所とものの関係に関する気づきや参加者同士の作品と作品の間のスペース、余白の大切さを念頭に置いた制作が、今回の展示のカバーにおいて重要なことだと伝え、ワークショップは、次のリレーショナル・アートのパートへと進みます。
出来事や共同作業、そこでの出会いを通じてかわされる人間同士のつながりや体験、そこから生まれる新しいコミュニティや仲間意識といった制作過程で生じる関係性に重きを置いたリレーショナル・アート。今回は、メル・ボックナー作品制作に用いたじゃがいもを講師と参加者が調理し、フライドポテトにして食べることを通して体験しました。
会場を休業中のレストラン施設に移し、ホールスペースでじゃがいもの皮を剥くところからスタートしました。テーブルの上のじゃがいもを囲み、「じゃがいもの皮を剥くのは久しぶり」、「芽はしっかりとらなきゃ」、「ピーラーで芽が取れるんだ!」と参加者同士、他愛のない会話をしながら作業は進みます。島袋さんは、皮を剥いたじゃがいもを8㎜角のスティック状にカットしながら参加者のもとで島袋さん流フライドポテトの作り方についてレクチャーし、和気あいあいとした雰囲気で調理は進んでいきました。
じゃがいもをカットし終わったところで、厨房スペースに移動します。参加者は厨房入口付近に立ち、島袋さんは調理台を挟んで、フライドポテトを揚げるフライパンに向かいながら、厨房でもレクチャーを行いました。厨房には、レクチャー用のモニターとスピーカーを設置し、島袋さんの調理場となった、参加者より一段高いスペースはさながらパフォーマンス空間のようでした。レクチャーでは、古くからの芸術と食べ物の密接な関わりにはじまり、じゃがいもがゴッホやピカソなど著名な作家の作品や多くの現代美術作品、そして島袋さんの作品にも登場していることを紹介しました。また、海外で友達の現代美術作家からの要請で、大勢にエビの天ぷらを振舞った際のエピソードにも触れながら(島袋さんがこの日着用されていたエプロンはその時のもの!)、ご自身と料理の関係についてお話しされました。調理のクライマックスでは、ジョン・ケージ《4分33秒》(1952年)の無音の中にある人の息遣いや些細な音に触れながら、フライドポテトの揚げあがりのタイミングで同作家の《Water Walk》(1960年)を映像で紹介しました。楽器だけではなく様々な日用品や水の音などで構成された同作と島袋さんの調理によって生まれる油の音や調理器具が重なる音が合わさり、この一瞬だけのライブ感溢れるパフォーマンスの終了とともに、フライドポテトは見事に出来上がり、テーブルへと運ばれました。
一日目の参加者の多くがフライドポテトの美味しさに魅了されるあまり、最後に感想を話し合う時間が持てませんでしたが、高校生の参加者たちが個々に島袋さんと交流する姿が多く見られました。島袋さんは、参加者がメル・ボックナー作品をじゃがいもでカバーし、新たな作品を作り出したこと、「コピーとカバー」が今回のワークショップのテーマの一つでもあったことをあらためて伝えました。
二日目には、前述のテーマの話に加えて、簡単な今回のワークショップのふりかえりを行いました。アンケートには、島袋さんの思考やプロセスに触れる内容だったことを受けて作家を講師としたワークショップに魅力を感じたという意見や、食べるという身体的な行為で作品を体験することができたので面白かったといった感想が見られました。また、作品を制作することで、ワークショップ前には難しいと感じていたメル・ボックナー作品に興味が持てるようになった、というような今回のテーマの一つでもある「コピーとカバー」を通じて、作品の見方・感じ方の変化を実感した参加者もいました。
メル・ボックナー《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)&プライマー》を起点にしながら、そこに島袋さんのアーティストならではの発想、参加者同士のじゃがいもを介した共同作業よって生まれた関係など、いくつもの要素が重なり合うことによって、このワークショップが終わるころには今日のすべてが新たな作品のように感じられたのでした。
長時間のワークショップにご参加いただいたみなさん、講師の島袋さん、ありがとうございました!今回の経験がみなさんにどのような変化をもたらすのか楽しみにしています。[K.Y]
※1 「コレクション2 特集展示:メル・ボックナー」についてはこちらから
※2 島袋道浩さんの略歴についてはこちらから
※3 《セオリー・オブ・スカルプチャー(測ること五つ)》、《セオリー・オブ・スカルプチャー(五つ...)》、《セオリー・オブ・スカルプチャー(六つの間)》、《セオリー・オブ・スカルプチャー(五つの石/四つの間)》、《セオリー・オブ・スカルプチャー(五つの中にある四つ)》は、コレクション展での展示を参照し、一つグループがまとめて制作した
---
2023年5月20日(土)、21(日) 13:00〜17:00
対象:20日(土):中高生もしくは中高生に該当する年齢の方
21日(日):18歳以上だれでも(高校生は除く)
定員:各日10名
---