国立国際美術館

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びじゅつあーすぺしゃる

たてものを手で、耳で、心でみる ~「たてもの鑑賞サポートツール」でたてものをたのしもう~

2024年9月21日(土)

「みる+(プラス)」は、視覚(みる)だけに頼ることなく、ほかの感覚器官も存分に働かせることにより、誰もが鑑賞をはじめとする美術館のアクティヴィティを楽しめることを目指すプログラムです。今年度の「みる+(プラス)」は、「たてものを手で、耳で、心でみる」と題し、計3回のプログラムを通して、昨年度開発した「たてもの鑑賞サポートツール」(※1)を活用しながら、国立国際美術館の建物を視覚以外のいろいろな感覚も大いに使って楽しむことを試みます。
1回目となる「『たてもの鑑賞サポートツール』でたてものをたのしもう」を9月21日に開催し、見えない、見えにくい参加者3名を含めた10名が参加しました。本プログラムには、昨年度に引き続き、宮元三恵さん(アーティスト・東京工科大学教授)を講師にお迎えし、ツール制作にご協力いただいた御幸朋寿さん(東京工科大学専任講師)がサポートくださいました。

今回は、地下1階エントランスロビーの、ジョアン・ミロ《無垢の笑い》(1969年)を正面に見ることのできるエリアで開催しました。受付を済ませた参加者からテーブルにつき、「たてもの鑑賞サポートツール」の一つである、木製パネルでできた当館地上1階から地下3階までの触地図(※2)「さわれるマップ」にさわりました。最初に到着した見えない参加者は、同行のガイドヘルパーの説明を聞きながら、各フロアがどのようなつくりをしているのか、自分が今どこにいるのかを確かめるように指を滑らせていました。
プログラム冒頭で、美術館スタッフが当日の流れと今年度のプログラムについて簡単に説明し、講師の宮元さんが当館建物と「たてもの鑑賞サポートツール」について紹介しました。その後、それぞれの参加動機も交えて、自己紹介をしました。見えにくい参加者の1人は、昨年度のプログラムにも参加したので、完成したツールがどのように活用されるのか気になったから、別の見えにくい参加者は一緒に参加している娘さんの影響で建物に興味を持つようになり、さわれる建物のツールを体験したいと思ったからなど、参加者によって動機は様々でした。

美術館内の散策に出かける前に、参加者全員が前述の「さわれるマップ」以外の「全体模型」「地下1階組み立て式模型」「断面模型」「外観模型」にさわる時間を設けました。先ほどの、昨年度のプログラムにも参加した参加者は、地下1階の空間を再現した「地下1階組み立て式模型」をさわり、インフォメーションの右横に続くカーブした壁を見つけると、「前(昨年度のプログラムの館内散策時)にさわったところ!」と嬉しそうな声を上げました。その参加者は、他のツールをさわる際にも、他の参加者や一緒に参加していた介助者に、昨年度のプログラムの内容について熱心に語っていました。また、娘さんの影響で建物に興味を持つようになった参加者は、同じツールをさわりながら、美術館の入口がある1階でエスカレーターに乗って、地下1階で降りて受付し、コインロッカーに荷物を預けるという、入館してから会場に到着するまでの道のりについて、娘さんからの説明を聞き、「(自分がいる場所がどこなのか)分かりやすいなぁ」とつぶやいていました。他にも、見えない参加者の1人は、当館建物の大きな特徴の一つである地上1階から地下3階の吹き抜け部分が表現された「断面模型」をさわりはじめてすぐに、その模型にはその参加者が座っている場所は表現されていませんが、もし表現されていればこの辺りだろうと、自身が今いると思われる場所を手で示しました。その後、外観部分をさわると、「(ステンレスパイプで形作られている)地上のオブジェは(実際には)ものすごく大きいのでは?」とその大きさを想像しながら「実際にさわってみたい」と興味を持っていました。

館内散策出発時に、講師が今いる地下1階の床には小さく切られた大理石が敷き詰められていることを話すと、参加者たちはしゃがみ込んで床にふれ、「この(大理石の)タイルの厚さはどれぐらいですか?」という質問も交えながら、普段さわることのない建材に興味津々でした。
次にエントランスロビーの壁に沿いながら地下1階を巡り、情報コーナーやキッズルームなど、それぞれの部屋の用途に合わせた床の材質のさわり心地の違いや設備、什器の違いを確認しました。レストラン前のデッキからは、1階から地下3階までの吹き抜けを望みました。ここからはジョアン・ミロ《無垢の笑い》(1969年)を間近に見ることができ、見える参加者が展示されている壁の色について見えにくい参加者に「やわらかい(色)」と伝えていました。その後、同じ壁をさわることができる場所に移動して、先ほどの見えにくい参加者がその壁にさわってみると、先に聞いていた「やわらかい」という色の説明からイメージしていた壁のさわり心地とは違ったようで、「こんなに固いの?」と驚いていました。
その後、吹き抜けの手すりに沿って、展示室への改札まで移動する途中で、白状を持っている、見えない、見えにくい参加者は外観を形作っているステンレスパイプの根本を白状でさわって、パイプが地下1階から天井に向かって伸びていることやその太さを確認しました。散策前にさわった「断面模型」から、実際のパイプはもっと太いと想像していたからかもしれませんが、見えない参加者からは「こんなに細いの?」という声が聞かれました。講師が「(パイプの)太さは2種類あり、そちら(参加者がいる側)は細い方」と話すと、興味深そうに何度も白杖でパイプをなぞっていました。
地下2階の展示室に到着するとすぐに、参加者の多くは、地下1階でさわった大理石の床が印象的だったようで、展示室の木の床のさわり心地を興味深そうに確かめていました。参加者たちは、展示室の空間のつくりだけではなく、地下2階に展示されている作品にも興味を持ち、見える参加者と話しながら、気になる作品の方へと自由に進みました。(※3)見える参加者の1人が、マーク・マンダース《乾いた土の頭部》(2015-16年)を見て、「こわいな」と言うと、一緒に歩いていた見えにくい参加者が「どうなっているの?」と尋ねたり、見える参加者がどんな作品があるかを見えない、見えにくい参加者に伝えて、おしゃべりしながら、作品鑑賞を楽しんでいました。

館内散策から戻ってきた後、再度さわりたい人は「たてもの鑑賞サポートツール」を自由にさわったり、640枚の陶板からなる《無垢の笑い》の大きさを体感できるように制作されたツールである、陶板1枚のレプリカ(※4)と当作品の一部分の原寸大の「ミロカーペット」(※5)にさわりました。見える、見えないにかかわらず、それらのツールにさわった参加者の多くが作品の実際の大きさに驚いていました。

最後には、参加者全員でツールをさわって感じたこと、気づいたことや、建物を回って感じたこと、気づいたことなどを共有しました。見える参加者からは、「これまでどれだけ目に頼っていたかを実感した。他の参加者のみなさんの感想を聞くことで気づくものが多かった」「歩きながら『(さわれる)マップ』をさわることで、自分が目で見ている景色について言葉で表現しきれないことを(一緒に参加した見えにくい参加者に)話せた」という感想が出ました。初めてこの美術館に来た見えにくい参加者からは、「目が見えないからとあきらめていたが、模型をさわって(建物に対する)イメージが膨らんだ」という感想があり、当館に何度も来館経験のある見えない参加者からは、「これまで美術館の建物の細部に気づかなかった。今回、館内をまわってみて、これが美術館かと思った。美術館は作品を見るだけでなく、建物を楽しむことができることがわかった」という感想が聞かれました。参加者からの感想を受けて、講師が「建築は総合芸術。美術館にはたくさん作品があるが、その中で建物はさわることができる作品だと思うので、今回のプログラムで楽しんでもらえて嬉しい」と話しました。
今回のプログラムは、「たてもの鑑賞サポートツール」をさわった後に建物の一部を鑑賞するという、約2時間半の比較的コンパクトな内容でした。(※6)しかし、ツールにさわったり、館内散策している中で、参加者たちは一緒に来館した人とだけではなく、このプログラムで出会った人とも和気あいあいと自分が感じたことを話したり、他の人の感想に耳を傾けたりすることを通して、建物の鑑賞を大いに楽しんでいる様子でした。また、見えていたとしても把握しにくい建物全体の構造や各フロアのつくりなどを確認する一助となる「たてもの鑑賞サポートツール」が、見える、見えないにかかわらず、これまで意識していない、していなかった建物の細部を発見するツールとして十分に機能することを知れたことは、今後の同種のプログラム企画時に活かせる発見でした。

プログラムにご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。またのご来館をお持ちしています。[F.A]

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2024年9月21日(土)13:30〜15:30
対象:どなたでも
定員:10名
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