会期:2003年4月3日~5月18日
鴫剛(1943年東京生まれ)は、1970年代初頭から、写真を克明に描き出す手法によって制作を続けてきた。鴫が作家活動を始めた1968年当時、絵を描くことは否定されていた。同年の「現代日本美術展」ではキネティック・アートが過大に評価され、あるいは「神戸須磨離宮現代彫刻展」には「もの派」の基点となる関根伸夫の《位相−大地》が出現し、「これが芸術か?」と問われることになった1970年の「東京ビエンナーレ」開催前夜という雰囲気があった。美術界では「絵画の終焉」が語られていた。一元的な世界観に支配されやすい日本の美術界に於いて、このような状況下で「絵」を描くことは、同時に作家であることを放棄することをも意味していた。
しかしながら鴫は、「写真のように描いたものは絵ではない」と、日本画を学んでいた学生時代に教師から告げられたこの言葉を反語的に捉えて、「写真のように描けば絵ではないものが描ける」という独自な見解を精神的な根幹として「写真を描く行為」を始める。写真の粒子を、絵具という素材に置き換えること。作家の作為を可能な限り排除し、感光性のフィルム上に光線によって刻印されたイメージを、伝統的な絵画素材によって再現すること。鴫の絵画は、その時代に描くことが許される筈の唯一の命題を掌中に「写真を描いた作品」の制作を始めた。
本展では、写真とその写真を描く行為を反復した《絵画M2》~《絵画M6》(1978)という初期作品から、多重露光や映像のブレを素材として写真の視覚に注視した作品、描く対象を都市から自然に移し自然風景が写真の粒子と化した状態をより高精度に再現した作品《無題》シリーズ、さらに我々モンゴロイドの識別色である「黄色」を画面に取り入れた近年の作品群に至るまで、代表的な作品60点余りによって鴫剛の絵画世界の全体をはじめて本格的に紹介した。本展を通じて1960年代後半以降における日本の現代美術のもう一つの側面を確認することができた。