河原 温 連続/非連続 1963-1979

会期:1981年5月17日~6月16日

本展はスウェーデンのストックホルム近代美術館学芸員ビヨルン・スプリングフェルドの構成に基き、同美術館、西ドイツはエッセンのフォルクヴァング美術館、オランダはアイントーフェンのファン・アッベ美術館と共同企画で開催したもので、3階、2階を会場にあて、ドローイング17点、絵画81点、テキストワーク5点、本と日誌4点の計107点で構成された。
河原温は愛知県刈谷市の出身で、昭和27年上京、翌28年からアンデパンダン展に出品し、とくに「浴室」、「物置小屋」シリーズで時代の閉塞感を表わし、話題となった。ついでマスコミュニケーションにおける絵画の伝達構造の問題に着目した「印刷絵画」を提案したあと日本を離れ、メキシコをはじめ南アメリカを旅行したのちニューヨークに定住し、昭和41年1月から「日付絵画」を描き始め今日に至っている。
彼の個展は海外ではこれまでにも幾度か開かれている。とくに日付絵画はミラノ、ニューヨーク、デュッセルドルフ、ロンドン、バーゼル、ベルン、ブリュッセル、ロサンゼルス、パリ、ミュンヘンなど欧米の主要都市で開かれてきている。このうちパリ展(ポンピドゥーセンター、1977年)は昭和41年から昭和 50年までの日付絵画と日誌を含め、ベルン展(1974年)は昭和48年の1年間の仕事全部を見せた。
これらに対しこの回顧展形式の展覧会はニューヨークに定住した昭和38年から昭和54年までのもので、未公開の作品も含めて日付絵画に至るまでを回顧させるとともに、その後の「私は読んだ」、「私は行った」、「私は会った」シリーズや「私はまだ生きている」、日誌、そして「百万年(過去編)」をも含めて、日本を離れてから現在にいたる河原温の全作家活動を概観させるものとなった。
展示作品はドローイング、絵画、本と日誌、テキストワークの4種類である。ドローイングは昭和38年から昭和43年までに制作されたもので、文字、図形、記号による表現にはのちの活動の中核となるような思考が見られる。絵画は「位置」と題する一点を除いてすべてが制作の日付だけを描いた日付絵画である。最も古い「Jan. 15、1966」から最新の「June 12、1979」までで、当日の新聞切抜をはりこんだケースとともに展示された。本は「私は行った」、「私は会った」、「私は読んだ」の記録をファイルしたもの、日誌は日付絵画の記録でこれもファイルされ、テキストワークは「私は起きた」、「私はまだ生きている」の絵はがき、電報と「百万年」は1971年までの百万年の年号をタイプしたファイル10冊である。
カタログは400ページにも及ぷ大部のもので、各会場共通の英語版の巻末に和訳が付された。また日本会場のみのリーフレットも作成、無料配布した。
本展は外国美術館との共同企画になるもので、今後の展覧会のあり方として注目された。

  • 入場者:総数3,821人(1日平均142人)
  • 主催:国立国際美術館
  • 共催:ストックホルム近代美術館/ファン・アッベ美術館/フォルクヴァング美術館
  • カタログ:「ON KAWARA continuity/discontinuity 1963-1979」
    27.5×21cm/400ページ/カラー14ページ/白黒92ページ
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